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<[論壇]「沖縄タイムス」1999年4月22日(木曜日)>朝刊より転載させていただきます
「りゅうせき美術賞展」の存続を
垣花恵子
去る三月、美術文化展の二度目の審査員体験を終えた。審査会は東京都美術館の地下三階で丸二日間に渡って行われた。全国からの出品者のそれぞれが精魂こめて描いた三千七百十点もの作品を優劣をつけて選ぶというのは、精神的にも肉体的にも想像していたよりはるかに困難なことであった。
私は審査員二年目だから今はまだ楽だが、五年、十年とたてば毎年の懇親会や展覧会などで出品者の方たちと顔を合わせたり、作品について話し合ったりするうちに、何となく情が移るということだってあるかもしれない。
自分が実際に審査員を体験してみて振り返ると、九年前、画家として何の実績もなかった無名の私も入賞した第一回「りゅうせき美術賞展」の結果が、沖縄の中で少なからぬ波紋を広げたことは分かる気がする。
その後私は、老舗(しにせ)の全国公募展である「美術文化展」で二度目の入選をするとともに<奨励賞>という準会員クラスが受賞する大きな賞をいただいた。しかし会友にもなっていない一般出品者の私を選んだことによって、「美術文化展」の審査員の方々はさまざまな摩擦を覚悟したに違いなかった。
それがどんなに勇気ある審査の結果だったか、私は「審査員」という役割を与えられて初めて理解できたのであった。
審査員も人の子、普通は他人よりは知人、知人よりは自分の弟子や生徒に受賞してほしいと思うのが人情であろう。けれど、そのような情実の慣れ合い審査では、本物の芸術は育たないというのも事実だろうと思う。
よく知られているように、昔から黒い噂(うわさ)の絶えない「日展」の審査について、昨年秋の「日展」について、日本を代表する著名・評論家の一人である安井収蔵氏が「日展」の退廃を指摘している。
要約すれば、まだ出品者が絵の制作もしていない時期に、洋画部門の特選は女流のアレとコレがもらうことになっているという話を聞き奇怪な話だと思っていたら、事実フタを開けてみるとその通り特選が決まったということを書いている。賞への審査に情実が絡むと、このような退廃になるのだろう。
「日展」や「日展」の審査員は、安井収蔵氏の『新美術新聞』紙上における公的な指摘に対して、削除を要求したとか名誉棄損で告訴したとか、身の潔白を主張するようなことはしていない。
地方の美術展においても、小型「日展」版の情実審査が起きて、時折問題になったりするようである。審査員としてまだ日も浅く自信も持てない私が偉そうなことは言えないが、審査にかかわる者は、情実審査を排斥する厳しさを持たなければならないと思う。
日本の代表的美術評論家諸氏を審査員とする「りゅうせき美術賞展」が今年限りで終わると聞いて、とても残念だ。
沖縄県に、地元美術界と何のしがらみもない審査員による美術賞コンクールをぜひとも残してほしい。若い美術家を育成することは、膨大な税金を投入する県立美術館のハコを造るよりも前になされるべきことではないだろうか。
(「沖縄タイムス」掲載原稿は紙数制限があり、書き足りなかった部分を若干加筆いたしました。垣花恵子)
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