八重山諸島・宮古諸島9島観光&恵子美術館への旅 [2]

      
河津みのる(詩人・エッセイスト)

[A]八重山諸島観光
       
                                                                     
■「竹富島」観光へ
 朝、石垣港からの高速船が数メートルもの白い飛沫を噴き上げて走りだした。
 青い海をわけ、後方へ一OOメートルもの白い帯をつくるスピードだ。一O分ほどで竹富島港へついてしまった。 降りると、真っ先に「未来に残そう八重山の青い海」の看板が目にとびこんできた。島をだいじにしているのだ。
 導かれるまま、九人がワゴン車にのりこむ。年配の夫婦二組とあとは年配の女性たちばかりだ。
 「わたし、運転手とガイドをつとめます」
 ガイドの男は還暦くらいか、赤茶色に陽やけした顔ににこにこと愛想がいい。身体つきもがっしりしている。
 白く突きでた埠頭からワゴン車がすべるように島内に向かっていく。車窓から青く輝く海を見つめていると、「右手に岩が二つ。あれが夫婦(めおと)岩です。フウフナカヨク、イツマデモ というわけで」。ちょこっとユーモア言葉がつけ加わって、凪のような笑い声が車内におこった。
 「この島の人口は、二八二人です。そのうち老人クラブが一OO人います」
 「ヘエ」という声がもれてきた。ここでも高齢化社会はすすんでいるのか。いや、若い世代が戻りはじめているというから、長寿の島なのかも知れぬ。
 ワゴン車がすすむ両側には、緑葉の木々に調和してハイビスカスなど種々の花々が彩りをそえている。
 「排気ガスがない、花々の道。ここがロマンチック街道です。やがて、お楽しみのマッサージ街道に向かいます」
 車内では、「マッサージ街道なんて、聞いたこともない」という雰囲気だが、みな黙って聞いている。
 「デイゴ、ハイビスカス─、ここは、いま青春の花ザカリ、みなさんは老春の花ザカリ」どっと笑い声が車内におこった。が、年配の女性も負けてはいない。
 「そうさ。番茶も出花とはいかないが──」と、合いの手を入れる。車内がだいぶうちとけてきた。
 狭い道の両側に石垣がみえてきた。サンゴ礁でつくられている。赤い瓦屋根の低い平屋建ての民家が何軒かみえる。やや、大きめの建物のところでゆるやかな走りにしてくれた。

大事に保存されている赤瓦の民家

 「ここがメインストリート。あれが小・中学校です。生徒数が三二人です」
 ほんの一〜二分ですぎてしまうところがメインストリートとは。やがて、舗装のないデコボコ道となった。腰が浮き頭が天井につくほどの揺れぐあいだ。黄土色の埃(ほこり)がまきおこる。
 「ここが、全身マッサージ街道です。身体がモミモミされます。別名、ホコリ高き街道です─」ユーモア言葉に笑いながらも、手すりにつかまってじっとこらえる。
 再び、車のスピードをゆるめてくれた。
 「右側の花をつけている木が、パパイヤです。雄の木です」
 銀杏にも雌雄があるが、自生するパパイヤにも雌雄があるのか。興味をそそられていると、「こっちのが雌、青い実がなっているでしょう」「なるほど」と、みなの目が動いている。
 「この雌雄の木は、夜になるとこっそりめぐりあいます」と、やや神妙にかたり、艶っぽい女声でつづけた。何か 芸事でもやっているのか、声色の演技力もなかなかのものだ。
 「でも、雌の木は夜に叫ぶことがあります。"パパーイヤヨ、パパイヤヨ"と。そのパパイヤです」車内にどっと笑い声がおこった。
 「久しぶりに、感じちゃったわ」と、年配の女声たちも負けまいとする。
「その笑いが健康をつくります」
 ユーモア言葉に感心してきいていると、たちまち星砂の浜へついてしまった。
 前面の海はエメラルド色、小さな白い浜だ。すすめられるまま、砂上に手のひらを押しつけるといっぱい白砂がついてくる。その中に☆型をみつけるのだ。
 白砂といっても貝か、サンゴ礁のかけらだろう。
 「ここの虫メガネで見てください」                        
 「あらっ、きれいな星形」
 みやげ物店で展示用の白砂を虫メガネでみると、人工的に造形されたような白い星砂がまたたいている。この星砂が幸運をよぶのだという。
 「はい、売店はこちら、写真はこっち。カメラマンは私がつとめます」
 いそぎ売店をのぞくと、星砂をちりばめたペンダントやキーホルダーなどが売られている。
 ふりむくと、「星砂浜」の看板を前におき、女性たちをカイド男がしきりに撮っている。

地元のガイド氏と河津夫妻
 
 その男の肩をぽんとたたき、「ぜひ、モデルに」というと、テレながらも応じて、夫婦の間におさまってくれた。
 ワゴン車は走りだした。この竹富島は二、三、四月がかせぎどきだといい、近くの浜辺に案内した。
 「ここが、ワンダフルビーチ。夏はギャルがどっときて"目の保養"になります」と、目を細めながら、男顔をのぞかせていた。いくつになっても男なのに親しみがわく。
 「エメラルド色の海の向こうに見えるのが、西表島」くっきりと島がうかんでいる。海も空気も澄んでいて快い。
 「この島には、交通信号は一つもありません。バーなどもなく、いわばないないづくし。けど、ハイビスカスやブーゲンビリア、花は一年中咲いています」得意顔の顔つきでいうと、とつぜん歌いだした。
 「♪名も知らぬ、遠き島よりながれきた──」喉太い低い声、おせいじにも美声とはいえないが、リズムをとっている。
 「ご存知の『椰子の実』、島崎藤村の作詞です。みなさんは遠い北国からきましたが、椰子の実は南からながれながれて北へむかったのです。そう人類も南からさかのぼったとの説もあります」
 民族学者の柳田國男の話もだしてきた。なかなか博学でもあるようだ。
 ワゴン車が動きだした。ガイド男がややあいまいながら青葉の木を指さした。
 「あの木には、ドクがあります。そう、お気のドクながらお別れです。
 またいつ、会えるやら、会えないやら─」と、ユーモアを含みながらも、ややしんみりとした口調になった。
「シー、アゲイン」
ガイド男は笑顔で、別れの言葉をいうと、女性たちは「楽しかったわ、ありがとう」と、口々に別れを惜しむかのようにお礼を述べている。
 牛車でゆったりの島めぐりとなった。牛車は屋根つきの「竹ちゃん号」。水牛は地面を踏みしめて歩く。タイヤが白砂の狭い道を、シャッ、シャッ、シャリッとのどかな音をたてる。
 
白砂を時々補充して大切に管理している町道
 
 サンゴ礁の石垣にかこまれ、赤い瓦屋根の家々が美しく調和している。
 石垣は台風よけで、低い赤瓦屋根の家並みとも伝統的な建造物として保存されているのだ。
 沖縄の代表的な民謡「安里屋ユンタ」が生まれたのもこの島だ。馭者が牛車をあやつりながら、三線(蛇皮線)を弾いて、島の風情を奏でてくれる。
 牛車を降りてから、島内を散策してみた。赤瓦の家並みの中を歩いていると、石垣はサンゴ礁づくりだが黒ずんでいて、隙間からサボテンのような草がはえている。
 現在はサンゴ礁の採取が禁じられており、石垣を積める人間も少なくなっているという。
 神社でもないのに石造の鳥居があり、柱に「奉納」と彫りこまれている。この島に石材が見当たらないのに不思議に思って年配の人にきくと、太平洋戦争時に造られたとのことであった。
 竹富島民芸館では、天然の染料で染めあげた麻糸や芭蕉布をみた。さわってみると、さらっとした肌さわりだ。
            恵子美術館へ