沖縄本島観光ツアー日記[2]
ー世界遺産「首里城」にかいま見る琉球王国の栄華ー

     河津みのる(詩人・エッセイスト)

[2]世界遺産「首里城」にかいま見る琉球王国の栄華
       
                                                                     
■「守礼の門」観光へ
 那覇(なは)市内のホテルから専用バスが走り出した。沖縄には鉄道がない。そのためか、道路に自動車が多く、渋滞ぎみだ。
 若いガイド嬢が自己紹介をした。「漢字では"東江"と書くのですが、"アガリエ"といいます。"東"は太陽がアガル方向だからです」
 ふと、西表島=イリオモテジマを思った。なるほど"西"は太陽が入り、つまりイリとなるわけか。
 「道路に自転車が少ないのを感じませんか。それは、坂道が多いからで、バイクは走っているでしょう」    「なるほど、ほんとだ」説明をうけないと、観光客のほとんどは気づかずにすぎてしまうことだろう。感じのいいガイド嬢だ。
 「沖縄のタクシーは、初乗りが四五O円。けど、アルバイトの時給も六OO円と安いのです」
 たんに、観光地の説明だけでなく、世相的なことを話すガイド教育をうけているのか。それとも彼女の個性によるものか。
 「沖縄で、いちばん多い名字をご存じですか」
 芸能人やスポーツ選手などの名字が浮かんでくる。いっとき、考える間がおかれた。独特の名字が多い。
 「第一位は、比嘉(ヒガ)、二位が金城(キンジョウ)、三位が大城(オオシロ)となっています。
 並木で、すくっとのびたトックリヤシモドキ、緑葉をふんわりとさせたホウオウノキです」 
 「どんな漢字ですか?」
 「ほら、葉が鳳凰のつばさの形をしていませんか」飽きさせないガイドに好感をもって聞いていると、バスが駐車場についた。

                                        
 「守礼の門」の前でVサインの河津夫人
 
 ゆるやかな坂道をのぼっていくと、華やかな沖縄の衣装を身にまとった娘たちがいた。化粧をし、髪の毛より紫色の長いリボンをつけている。
 「一緒の写真におさまったり、衣装を貸してくれるのです」
 若い女性だけでなく、男性が沖縄衣装をまとって写真を撮られている。
 前方に朱色の門が見えてきた。
 「これが守礼の門です。一六世紀の創建で、戦後に再建されたものです。扁額に金文字で『守礼之邦』ありますね。琉球は礼節を重んじる国という意味です」
 思ったほど、豪華ではない。が、緑の樹木に朱色の柱が重厚な感じだ。
 「三ヵ所より入れますが、真ん中がいちばん身分の高い人が通れたところです」
 微笑みながら、みな身分の高い門をくぐっていく。

 
「歓会門」を背景に河津みのる氏
 
 城壁の石垣が両脇に高くつまれた正殿への道をのぼっていく。
 侵入する敵をふせいだのか、石垣がせばまり、「歓会門(かんかいもん)」があった。
 さらに朱色の扁額に金文字のついた「瑞泉門(ずいせんもん)」、「漏刻門(ろうこくもん)」とつづいていた。

 
■「首里城正殿」観光へ
 首里城正殿は、ひろ場の正面に朱色に輝いていた。
 赤い瓦屋根には金龍が向きあって据えられ、屋根は二層づくりだ。正面には金龍と瑞雲の彫刻がほどこされ、対の朱色の柱にも縦ながに金色の彫刻がある。

「首里城正殿」を背景に河津みのる夫妻 

 「ここが、約五OO年にわたって琉球王国として栄華を誇った首里城です」
 一九九二年に復元されたものとはいえ、当時の栄華が忍ばれる。
 首里城の中にはいっていく。朱色の柱や壁、廊下わきに、国王や重臣たちが参列し、重要な儀式や会議をおこなった復元をみる。
 さらにすすむと、二階の部屋内には、「中山世土」と朱色に金文字が浮き出た扁額が飾られ、中心部に金色や朱色の鮮やかな国王専用の椅子が飾られていた。
 「これが、国王の座った玉座で、重臣たちは、ここいらに座ったのです」 
 とても実感がわくどころではないが、文化財としては、最高級品であろう。 
 北殿にまわる。ここは政務の中枢機関だったところだ。
 新国王が誕生すると中国からの皇帝の使節が来琉し、就任をみとめる儀式がおこなわれたところだ。
 ひろ場、いや御庭が舞台となり、使節たちを歓待したとこでもある。
 みやげ物店をちょいの間のぞきみて、右掖門(うえきもん)をくぐる。眼下にひろがる眺望。太平洋戦争時に作戦本部がおかれたところ。そのために、爆撃をうけてしまったのだ。
 坂道をくだっていくと、首里金城町の石畳道が見えた。広くはないが、路面いっぱいの石畳の道に、一六世紀とうじの風情をかいま見る気がした。
 周辺一帯が古都の風雅をいまに伝える文化財なのだ。

 
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