ー『すけっちぶっく』4号、「子どもたちの絵の感想(詩)文集」特集」より転載ー
子どもたちにとっての「未知の世界への回路」
                                  古賀博文(詩人・評論家)

 〈恵子美術館〉があるのは沖縄県の宮古島、平良市。私は当地の地誌や史誌等にすぐ興味がいく人間なので、本稿もそういった切り口から書き始めてみたい。
 沖縄本島の南西約三○○q、沖縄本島と台湾のほぼ中間に位置する宮古諸島は宮古島を主島に大小八つの島々からなっている。美しい珊瑚礁に囲まれた島々は、亜熱帯特有の景観を有して、歴史・文化遺産等も数多く残されており、沖縄本島とは異なった言葉・風習・信仰・芸能等をもつ。宮古諸島には平良市城辺町・上野町・下地町伊良部町多良間村という五つの市町村があり、現在、五万八千人ほどの人口を有する。サトウキビ作を中心に、野菜や花卉・葉タバコ・果物等を栽培する農業のほか、養蚕や畜産、カツオやヒメダイなどの漁業も行なわれている。たえず旱魃に悩まされ、潮害や台風など厳しい自然条件と闘い続けてきた。歴史的には、一六○九年の薩摩藩の侵攻以来、日本からの収奪と中国との冊封関係という二重支配に沖縄本土ともども苦しみ、それは一八七九年の琉球処分までつづき、第二次世界大戦後は一九七二年までの二七年間、アメリカ施政権下にあった。
 こうした特異な風土・歴史の上、一九五九年に垣花恵子は平良市に生まれている。彼女は一九八六年に沖縄県展に初入選したのを手始めに、各展で入賞・受賞を重ね、九七年には美術文化展会員に推挙されるといったように着実に実績を積み上げている若手画家である。一方、八八年に詩「予感」にて〈詩人会議新人賞〉を受賞し、八九年に出版した詩集『再生への意志』にて〈沖縄タイムス芸術選奨・奨励賞〉を受賞した詩人でもある。彼女の絵は、死者と生者、老いと誕生、夢と現実、彼岸と此岸等をないまぜにしたシュールな画風であるが、それをかつての沖縄戦の酸鼻極まる史実や、その後の本土復帰運動の苦悩等と安直に結びつけて理解しようとするのは間違いである。彼女の絵はそれらを擦過して、さらに深い人間の生命の源泉を普遍的に描きだすものだ。
 〈宮古・沖縄・本土と世代を結ぶ〉という副題をもつ本誌は2号以後、毎号、美術館を訪れた小学生・中学生・高校生の「絵の感想文」を載せているが、これは美術館に置かれたノートに生徒たちが自由に書いた寄書きを編集して採録したものである。恵子美術館のように現代画家の作品を集めた常設美術館は全国でも珍しい。一九九八年に開館した当館は宮古島で初めての美術館だった。巨大なブルーの看板にオレンジ色の魚を模した両目を描いた斬新な〈顔〉は表通りを行く子どもたちの興味と好奇心を大いに惹きつけたことだろう。生まれて初めて見る大号の絵。それもおどろおどろしくシュールで幻想的な垣花恵子の絵を中心としたコレクションである。恐い。なに、これ? でも惹きつけられる。すごい。絵が動き出しそう。とっても面白いところ。平良市出身なんだって。いま本土で活躍しているんだって……。クチコミがクチコミを呼び、平良市を中心に多くの子どもたちが、最初はおそるおそる恵子美術館の入口をくぐったに違いない。そして本物の絵と、本物に出会う場所となった〈恵子美術館〉に対して、偏見や先入観のないストレートな感性で作文や詩・マンガといった形で感想をノートに書きつけていったのだ。本誌2・3号に掲載された「子どもたちの絵の感想(詩)文集」の中から私が注目したものを幾つか左記してみたい。

 与那嶺珠梨亜(北中・新一年生) わたしは、こんなえは かけないし、えをかくのもへただし……、だけどこんどか ら、ずがのコンクールとかに、じぶんでかいて、じぶんで すばらしいと思ったら、ぜひコンクールにだしてみたい。 大山希(平一小・五年生) 外には、雪がふっていた。少 女はわらっていない。ないてもいない。そのまま外を見て いた。何があるのだろう? 少女は雪を見ながら、何を考 えているのだろう?

 下地瑞穂(平良中・三年生) 「翔」を見ているとなんか 勇気がわいてくる(中略)今、人生の中に第一のハードル である「受験」。「翔」のはげましを胸に、今日も一日一 日をがんばっていく私が存在していることは確かだ。

 砂川弥保(南小・五年生) さいしょは「なんだこれは」 と思ったけれど、ずっと見ているとなにがかきたかったの か少しだけわかったような気がする。

 子どもたちは実は絵の向こうに広がる別の世界を覗いているのではないか。多くの感想文に接していると彼らが〈島〉の外部に広がる未知の世界へつながる回路をも見ているといった気がしてくる。コンクールで自分の可能性を試し、当地では見ることのできない雪や、受験の彼方にあるはずの新地に思いを馳せ、隠された事実を知る。彼らは〈島〉という卵殻をいずれ自分が食い破って行かねばならないことを本能的に知っている。南島の引力・斥力は一生彼らに磁場をおよぼし、彼らはその振幅の中で揺れ続けていく。垣花恵子の才能と存在は、郷里の彼らに願ってもない揺籃の場を提供している。いずれ彼らはその外部を経験し、出帆と回帰とを繰り返すなかから固有のテリトリーを見つけて行かねばならない。