| ー本土観光客が撮った沖縄観光名所(5)ー 「中城城」&「今帰仁城」観光へ (★写真は観光客他から提供いただいたものです。無断転載を禁じます) |
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| ◆沖縄観光ツアー日記[4] 世界遺産「今帰仁城跡」他へ 河津みのる | |
| 「中城城」(なかぐすくじょう)城址 | |
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| ▲1853年、日本遠征の途上に上陸したペリーは、中城城を測量し、細密なスケッチを残しているが、中城城壁の石造技術を称賛している。▲写真は、「沖縄県・真南風ネット・フリー観光写真集」より) | ▲左側画像のような城壁もほとんど発掘整備されていない頃の「中城城址」(なかぐすくじょうし)。裏門を入った所での記念写真▲写真提供・大阪府・田中様。1972年7月 |
| ▲リンク「中城城」( チャンプルー) | |
| 「今帰仁城」(なきじんじょう)城址 | |
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| ▲「今帰仁城・城壁」1420年頃の築城としては「本土日本」を含めて最大規模といわれる城壁が壮観。険しい山頂に築かれた切石積みの城壁は、万里の長城のようにくねっていて、本土の直線的城壁との対比が際立っている。▲写真は、「沖縄県・真南風ネット・フリー観光写真集」より) | ▲背後に海を見下ろす城壁に腰掛けての記念写真。当時は観光名所としても無名な存在で、荒城の風情が漂っていたそうです。▲写真提供大阪府・田中様。1972年7月 |
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| ▲「今帰仁城・正門」。城址発掘では、中国、タイ、ベトナム、日本の陶磁器などが出土しており、「沖縄三山王時代」の北山王が、海外貿易なども手がける強大な地方豪族だったことが裏付けられている。▲写真は、「沖縄県・真南風ネット・フリー観光写真集」より) | ▲地元の子どもと、「今帰仁城」正門にいたる階段下での記念写真。階段の急勾配を見ても堅固な城であったことが想像できる。▼写真提供大阪府・田中様。1972年7月 |
| ▲リンク「今帰仁城」 | |