| 「霜多全集」の存在アピール
「沖縄タイムス」(2000年4月28日)朝刊(金曜日) [論壇]
[寄稿] 山田八郎
四月十五日、東京で「『霜多正次全集』全五巻完結を祝う会」が催された。「祝う会」の多彩な来賓者あいさつを聞いていると、霜多文学が戦後日本の幅広い世代の知識人に影響を与えてきたことを再認識させられる。
例えば中国文学者で、近刊の「中国文学珠玉選」の監修をした丸山昇氏、国際政治学の田口富久治氏、現代史の資料発掘で話題の加藤哲郎氏、世界情勢を分析し先鋭な問題提起をする佐々木建氏、テレビのコメンテーターとしても活躍中のジャーナリストの有田芳生氏、作家の中里喜昭氏等々。ジャーナリストとして、小説家として、あるいは教授を務めるそれぞれの大学では、沖縄とは無縁な分野の研究をしている諸氏の、霜多文学との関係に、僕は大いに興味を感じてしまう。
霜多正次氏(旧姓・島袋)は一九一三年今帰仁村に生まれた。首里一中、熊本五高を経て東大文学部・イギリス文学科入学、卒業後、東京市教育局に勤務。臨時召集をされて中国へ配属、ブーゲンビル島で投降。敗戦後、教育局に復職、後に「新日本文学会」に勤務。月刊「新日本文学」誌に幾つかの短編小説を発表後、小説「沖縄島」を一年間連載。情報の乏しかった米軍統治下の沖縄の過酷な現実を活写して大きな反響を呼び起こし、筑摩書房から五七年単行本が発行される。
『沖縄島』はその年の<毎日出版文化賞><平和文化賞>を受賞し、作家・霜多正次氏は一躍時の人となる。『沖縄島』はその後も出版社を変えて発行され続け、多くの本土知識人や、沖縄の若者たちに影響を与え続けた小説となった。けして面白おかしく読める小説ではないが、六〇年代後半から沖縄問題にかかわった僕などは、半ば沖縄戦後史を追体験する小説として読んだ。
霜多氏は「沖縄島」発表後も「新日本文学」や「文学界」に多くの問題作を発表する傍ら、評論、座談会などで沖縄の歴史、文化、政治を幅広く紹介し問題提起してきた。霜多氏が「毎日出版文化賞」を受賞した十年後に、大城立裕氏が「芥川賞」を受賞したことを考えれば、約十年間も霜多氏が一人で担った役割の大きさが理解できるかと思う。
このように大きな功績を挙げてきた霜多文学を集成し、日本文学の貴重な財産として後世に残すべく「全集」完結に心血を注いできた「葦牙」同人諸兄に心からのお礼とねぎらいの拍手を送らないではいられない。「祝う会」の末席に連なりあいさつをした僕は、「沖縄で「霜多全集」を知ってもらうために努力したい」と決意を述べた。
垣花恵子と共同編集の「恵子美術館」機関誌『すけっちぶっく』の広告では、若干の「全集」の注文があったと聞いて喜んでいたし、今編集中の『すけっちぶっく』4号でも小特集を組んでいるが微力な出版物でしかない。
本土では霜多氏が代表の『葦牙』が五千部発行されているし、岩波書店の『図書』(三十万部)や「読書新聞」ほかにも「霜多論」や「書評」が出たが、どの出版物も沖縄県での読者は少なく、沖縄県での宣伝の悩みも聞いた。 そこで霜多氏の故郷、沖縄県の皆さまに『霜多全集』の存在を知っていただきたく投書させていただいた次第である。
(詩人)

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